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『今後の農業経営政策~農政新時代について』 農水省道菅課長補佐特別講演(2015/1/19)

※ 講演資料(クリックするとPDFファイルが開きます)

 平成27年1月19日、全国複合肥料工業会と(社)全国肥料商連合会の合同賀詞交換会が東京ガーデンパレスで開催されましたが、それに先立ち開催された、農水省経営政策課課長補佐(総括・総務班)道菅稔様の特別講演『今後の農業経営政策――農政新時代について』は、誠に時機を得たテーマで、丁寧でわかりやすい内容だったそうです。
 「商経アドバイス」に講演要旨が連載されましたが、それを参考にしながら以下に内容をまとめてみました。
    ◇◇◇ 今後の農業経営政策~農政新時代について ◇◇◇

深刻な人口減・高齢化      
    ~食料需要減、供給力も低下

 政府は昨年11月にTPP関連の国内向け対策大綱を取りまとめ、現在も各地で説明に回っている。ただし現在の農業に対する基本的な問題意識や農政変革の方向性については、TPP基本合意以前からあった。
 平成24年度「農業・食料関連産業の経済計算」では、日本国内生産額911兆円のうち農林水産業の生産額は約12兆円。それほど多くないが、さまざまな食料関連産業(製造・流通・飲食)を加えれば約95兆円で、国内生産額の約1割を占め、かなり大きな分野という認識がある。
 とくに地方へ行くほど農業と関連産業は非常に大きな地位を占めていることが、現在の日本の形態ではないかと思っている。極端な例になるかも知れないが、私は内閣府の沖縄総合事務局に2年間出向したことがあり、特別印象に残っているのが、沖縄県の南・北大東鳥のことだ。
 この島は、あらゆる産業や生活設計図の条件が悪い。海には砂浜がないため船も着けられず、荷物の陸揚げはクレーンを使用している。産業はサトウキビ栽培と関連産業の製糖工場しかなく、そのほかは公共施設だけだ。

 日本は人口減少の局面に入っており、われわれは「今後何もしなければ国内マーケットはジリ貧にならざるを得ない」という問題意識を強烈に抱いている。実際に日本国内の食料消費率は、平成7年頃の時点で減少局面に入っている。
 おそらく経済的な要因や消費行為自体の変化もあるのだろうが、人口は今後ますます減少する。また高齢者も増え、食べる量が少なくなるため、何もしなければマーケットは小さくなっていくということを押さえておく必要がある。
 同時に需要という意味では、全体として量的な面と質的な面があり、今後は質的な面も変化していくと思っている。当然、高齢者の増加と労働力人口が減少していく中で生活態度も変化していくことになると、国民が求めてくる食べ物は質的な面や提供されるサービスのあり方も含めて変化してくるものと思われる。そのため「そうしたところを見極めていかないと、農業や食料関運産業は立ち行かなくなるのではないか」と思っている。
 食料を作る供給側についてみると、高齢者が増加して人口が減少していくことは、農業や関連産業も今後いっそう人材確保の競争が厳しくなる。このままでは人口減少で国内需要が減少し、供給力も弱くなっていく。

海外輸出の拡大に期待

 一方、明るい話題の一例としては、ここにきて海外輸出の可能性が非常に強くなってきていることも、われわれは強く認識している。福島の原発事故によって農産物の海外輸出が一時期落ち込んだが、近年は再び急速に回復しつつある。
 2020年目標の農産物輸出額に1兆円と掲げているが、「前倒しで目標達成できるのではないか」という状況で、輸出には追い風が吹いている。「和食」のユネスコ登録、2020年の東京五輪開催など日本の食べ物、農産物をPRするチャンスも広がっている。この機会をしっかりととらえていくことも非常に重要な政策テーマだと思っている。

新たな需要の発見へ~政策のテーマは環境づくり

 農業にかかわる者は、「今後どこに新しい需要があるのか。どのように需要が変化し、どこにチャンスがあるのか」をしっかり見極め、そこにチャンスを探しながら取り組んでいくことが最も重要なポイントではないか。需要の可能性を見ながら農業に取り組んでもらえるような人たちが多く育ってほしい。そのための環境づくりを進めていくことが、農水省の大きな政策のテーマではないか。そのあたりをとくに強く意識して取り組んでいきたい。
 農政改革は、平成25年の安倍政権誕生直後の「農林水産業・地域の活力創造プラン」、続いて「食料・農業・農村基本計画」、さらにはTPP大筋合意を受けて「総合的なTPP関連政策大綱――新農政時代」を順次打ち出してきている。その中で一貫した考え方は「生産者の持つ可能性と潜在力をいかんなく発揮できる環境を備える」ことで、これが一番のポイントになる。「農政新時代」に向け、さらに後押ししていく。

 農業の基本的な問題意識として、「今後の農産物需要の先細り」や「担い手不足で現在の農地が確保できなくなるのではないか」ということはこれまでもあった。今回のTPPで危惧されるのは、「担い手と言われている人たちが将来の見通しに対して少し躊躇するのではないか」ということだ。
 新たな食料・農業・農村基本計画の中で当省自身の問題として強く意識していることが、政策推進の基本的な視点における「基本法の基本理念の実現に向けた施策の安定性の確保」だ。新たな食料・農業・農村基本計画では、いろいろな営農類型の農業経営モデルや地域戦略の例示をつくってある。
 日本全国にはいろいろな形態があるが、農業というものを考えていくときにひとつ気をつけなければならないことがある。例えば「規模拡大による生産性の向上を図る」「輸出量を増やしていけばバラ色になる」という見方にも表れているが、農水省も「そうではない」と思っている。
 農業は、「こうすればこうなる」と単純に判断されてしまうことが多い。しかし各地域それぞれの手法があると思っており、地域の人たちが「どこに生き残っていく道があるのか」「どういう所に需要があるのか」ということを考え、それを後押ししていくことが重要と思っている。
 今回のTPP大筋合意によって、これまでよりも海外の物が日本に入りやすくなることは事実だ。生産者の不安を払拭するセーフティネットの規定や新たな対策については、今後もしっかり行っていく。

人材確保が困難な時代

 また併せて「攻めの農林水産業への転換」については、「いかに成長産業化させていくのか」を今後はしっかりと後押しするための対策を組んでいく。夢と希望の持てる農政新時代を創造する「検討の継続」については、これから来年秋にかけて現在挙がっている項目について、もう一度しっかり議論した上で必要な策を打って行こうという段階にある。
 自民党・小泉進次郎農林部会長(衆院議員)の下で「農林水産業骨太方針策定プロジェクトチーム」が立ち上がり、1月18日に議論が開始された。この中では、肥料・飼料・農業機械など生産資材についても議論される。
 経営政策という観点から議論される項目はいくつか挙がっているが、とくに「農政新時代に必要な人材力を強化するシステムの整備」が非常に重要な政策テーマではないか。なかなか難しい問題も混ざっている。

 現在もいろいろな形で新規就農を促進する施策はあるが、このままいくと人材が足りなくなってしまう。あるいは「若手経営者をどれだけ確保できるか」ということも、なかなかたいへんな状況ではないかと思っている。この中では、「人数を確保する」「人を確保する」ことの両面があると思うが、非常に難しい。
 これについて具体的に「次に何をやるか」は今後の議論となる。いろいろな所で法人農家向けの「就農促進フェア」を実施しているが、法人側からすると「これは」という人が集まってこない。仕方なく参加者の中から雇用するが、法人側からよく聞くことは、残念ながら「雇用しても役に立たない人が多く、かなりの人がすぐ辞めてしまう」ということだ。
 ある法人経営者によると、「雇用した人に経営を学んでもらうために農業以外の産業へ研修に出したところ、"研修先の方が農業より仕事が楽で、待遇も良い"と言って辞めてしまう」ということだ。こうしたことは、今後さらに人口が減っていく中で農業だけではなく、あらゆる業界で大きな問題になってくるだろう。より条件の良い所に人材は採られていくため、農業・関連産業も合めて本当に魅力的な産業にしていかないと、人材の確保は本当に難しいものになる。

積極的に法人化推進~意欲ある担い手の経営安定対策へ

  担い手農業経営者を育成する環境づくり政策のひとつが「農地中間管理機構」だ。農業経営を考えていく上では当然、生産性の向上が欠かせない。規模拡大に向けて農地の利用集積を進めていくための大きな仕組みになる。今年度で2年目だが、近年に比べると、農地集積が進み始めている。
 新しい仕組みのため、それぞれの農地中間管理機構の態勢づくりの部分からしっかり行わなければならない。利用集積を行っていくときのべースになる各現場の話し合いが十分に行われていないなど、課題もある。この仕組みは、担い手政策を行う中で、今後もしっかり推進していかなければならない。
   もうひとつは「法人化の推進」だ。現在、全国で法人として農業を行っている人は約1万5000人。農水省では、これを「平成35年までに5万法人に増やしたい」というかなり意欲的な目標を掲げている。もちろん実際には、「いままで通りの経営でいい。法人化する必要はない」という農業経営者もある。
  法人化による税制や社会保険などの適用も変わるため、そこは経営の選択問題だが、「どこに生産物の需要があるのか」ということをしっかりととらえ、大きく経営発展したい、さらには輸出にも取り組みたいとなれば、社会的な信用と人を雇用する受け皿としても法人の形態を採ることは避けて通れない道ではないかと思っている。 農家の人たちにはどんどん法人化してもらいたい。農水省の28年度予算でも、農業経営の発展段階で法人化する場合のいろいろなアドバイスやサポートを行う仕組みもつくっていきたい。
 担い手農家を増やす手伝いをする上では、「農協改革」も非常に重要な項目となる。今年4月に改正法が施行されるが、もともと農協は農業者のためのものであり、「農協は農業者の所得が増えるように、しっかりサポートする仕事を行うように変えていく」ことを目指している。農協自身が、「販売や資材等の供給においても、本当に農業者の利益につながることをしっかり行っていく形に変えていく」ことが重要だ。

 担い手農業者のことを考えるときに現在の農政の方向性を示しているのが、「経営所得安定対策(旧戸別所得補償制度)の見直し」だ。農産物の特性としてかなり価格の上下変動があることがある。また、麦・大豆などの土地利用型農業の場合は、海外のものと比べて埋めがたい生産性の格差がある。安定的な経営には、セーフティーネットとして価格が下がった場合に一定程度の補填をするような支援、あるいは構造的な赤字部分を埋めるような経営安定対策というものも重要と思っている。
 経営所得安定対策の見直しのポイントのひとつは「誰に支払うのか」ということになる。旧戸別所得補償制度では、簡単に言うと「農業をしている人に支払う」ものだった。
 しかし制度改正した現在は、農業者すべてではなく、「農業で経営発展していこうという意欲を持った担い手農業者」を対象としている。経営所得安定対策に限らず、農水省の政策はこのような思想で行っていくものと考えている。
    

「医福食農連携」推進~戦略的インバウンド対応も

  農水省による経営政策のスタンスを表すひとつの政策として、予算はそれほど大きな規模ではないが、「農業界と経済界の連携による先端モデル農業確立実証事業」がある。農業界と経済界の連携で、農業の生産性向上や効率化につながるような新しい商品・サービスを生み出していくための取り組みになる。
 トマトの自動収穫ロボットやアシストスーツなどの例がある。産業界の技術を利用して農業向けにうまく商品化していく取り組みを支援する。こうした取り組みが民間べースで広がっていくことを期待している。
 農業の6次産業化は、「他産業と結び付くことで価値を生み出し、国内市場に受け入れられて経営の拡大を実現していく」ことが重要だ。当たり前のことだが、「農業は農業の中だけで解決できるという時代ではない」と思っている。業態の壁を越えて新しい市場に向けたビジネス・商品を一緒に考えて作っていくことが重要だろう。
 農水省では、「医福食農連携」の取り組みも進めている。まさに医療と農業の連携で新しい関係を生み出そうというものだ。一例として「高齢者にも食べやすいリング状のうどん麺」がある。
   いわゆる介護食品には、「病気になって食べ物がほとんど食べられない人向けの流動食など軟らかいもの」というイメージもあると思う。そうではなく、もっと介護食品の概念自体を広げていく考え方があっていいのではないか。うどんもリング状になっていれば、少し手元がおぼつかないような高齢者でも簡単に食べられる。このような例も含め、いろいろなアイデアを考えていくことが重要。農業者や関連産業が「新しいマーケットをどうとらえていくか」と考えるときに、そうした取り組みが大きなチャンスになる。
 「戦略的インバウンドの推進」については、2020年の訪日外国人旅行者数2000万人の目標を掲げているが、飲食などの支出はかなりの額を占めることになる。都市部や有名観光地だけではなく、ローカルな地域にもっとお金が落ちていくことが重要だ。
 せっかく日本へ観光に来てくれるからには、良い物を食べてもらうことは当たり前だが、例えば外国人が好むであろう有機農産物を安定供給できる環境づくりも必要だろう。諸外国の有機食品市場は年々増大しているが、日本の市場規模は欧米より1ケタ小さい。
 訪日外国人旅行者がローカルな地域に行き、「農家民宿」のような施設を利用して本当の日本を体験してもらい、地元のおいしいものを食べてもらえるような仕掛けをつくっていきたい。帰国した外国人旅行者が日本の農産物・食品を利用することで輸出量が増え、訪日外国人旅行者も増えるというサイクル。輸出とインバウンドが相乗効果を発揮するような取り組みを進めたい。
   地理的条件の悪い所で農家民宿を何十戸かで行っている所がある。利用者のほとんどが国内の都市部住人だが、外国人も利用しているという。成功させるために地域でいろいろな課題を克服していかないと、外国人旅行者は受け入れられない。そうした取り組みを全国的に増やしていくことが大きな課題と考えている。
      以上です。
      道菅様、ありがとうございました。
                                                    
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